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東京高等裁判所 平成12年(行コ)27号 判決

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、榛原総合病院組合に対し、連帯して金一三五〇万円及びこれに対する平成八年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、静岡県榛原郡榛原町又は同郡相良町の住民である控訴人らが、特別地方公共団体である榛原総合病院組合が発注する同病院北館増改築工事の請負契約の入札に関して、右設計及び監理・監督等の業務の委託を受けた被控訴人株式会社エー・アンド・エー総合設計の代表取締役であった被控訴人Aが各落札業者に情報を漏洩させ、これに基づき入札談合が行われたため、同組合が不当に高額の請負契約を締結させられた結果、同組合は、実際の請負代金額と談合がなければ形成されたであろうと想定される請負代金額との差額(以下「本件差額」という。)に相当する損害を被っており、被控訴人らに対し、民法七〇九条及び四四条一項若しくは七一五条一項に基づき損害賠償請求権を有しているが、同組合は右損害賠償請求権の行使を違法に怠っているとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被控訴人らに対し、同組合に代位して、損害賠償を求めた事案である。

原審裁判所は、控訴人らが本件訴えに先立って同組合監査委員に対してした監査請求は、地方自治法二四二条二項所定の監査請求期間を徒過してなされたものであり、かつ、徒過したことについて正当な理由はないから、本件訴えはいずれも適法な監査請求を経ていない不適法なものであるとして、これを却下したので、これを不服とする控訴人らが控訴したものである。

二  当事者の主張等は、次の三のとおり控訴人らの当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二「当事者の主張等」の一ないし四(原判決三頁九行目から二一頁五行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

三  控訴人らの当審における主張

1  住民監査請求の本質と昭和六二年判例の射程距離

(一) 二四二条一項は、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担(同条項はこれらを一括して「当該行為」と定義している。)があると認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(同条項はこれらを一括して「怠る事実」と定義している。)があると認めるときは、地方公共団体の住民は、監査委員に対して監査請求することができるものと定め、同条二項本文は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、監査請求をすることができないものと定めている。

「当該行為」について住民の求めるべき救済手段は、その「防止若しくは是正」ないし「当該行為による損害の填補」であるところ、「当該行為」の違法・不当性とは、長若しくは職員等の地方公共団体に対する義務違反としての違法・不当性にほかならない。そして、ここにいう「違法」であるという意味は、単なる客観的違法では足りず、監査請求を基礎づけるだけの違法でなければならない。

また、「怠る事実」について住民の求めるべき救済手段は当該怠る事実を「改め」ること、若しくは過怠によって生じた損害の「填補」であるところ、「怠る事実」に関する請求も、結局、長若しくは職員等の作為義務の存在とその不履行が要件となっているものである。

(二) 同条二項本文の規定については、当該行為があった場合には適用され、怠る事実があった場合については、原則として適用されないというべきである。もともと地方公共団体の長若しくは職員等が不当に財産(損害賠償請求権を含む。)の管理を「怠る事実」につき、住民が監査請求をすることに関しては期間制限がかからない、とするのが最高裁昭和五三年六月二三日判決が示したところである。

これに対し、財産管理を「怠る事実」として構成している監査請求であっても、監査請求が、地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の積極的行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実(いわゆる「不真正怠る事実」)としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条項が例外的に適用されるとしたのが昭和六二年判例の趣旨である。

(三) 本件監査請求は、「真正怠る事実」に係るものである。

本件監査請求は、本件組合監査委員により、本件監査請求に係る監査請求書の記載内容や控訴人らの監査請求人としての陳述内容を踏まえて、その趣旨を「つまり、Aは裏金作りのために同四工事業者を利用し、業者は落札を有利にするためにそれに協力したもので、Aは四業者の「各担当者に各設計価格を仄めかし」(刑事判決文)便宜を計らっていたのである。その後平成八年七月二二日にそれぞれ四業者とも落札した。すなわち、これらは明らかに入札妨害等の刑法に抵触した行為であり、違法な入札があったことを証明するものである。もしこのような不正行為がなかったら、当該工事の契約金額は当然下がっていたはずであり、組合に損害を与えたといわざるを得ない。そこで、同組合管理者は職務権限上、不正な行為を防止する義務があったはずであり、また、上記違法な公金支出命令をなした責任は免れない。したがって、組合管理者は四工事業者に対し、同組合が被った損害の填補をするよう損害賠償請求権を行使すべきであり、かつ、自ら損害を填補すべきである。請求人はこれらの措置を講ずるよう求める」とされた上で監査され、結果として棄却されたものである。

しかし、前記のとおり監査手続の過程において監査委員によって明示的に特定された監査請求の趣旨の内容自体からすると、本件監査請求は、組合において違法に財産の管理を怠る事実があるとして監査請求されたものではあるが、組合管理者その他の財務会計職員の特定の財務会計上の積極的行為を違法であるとして、その当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実としているものではない。

したがって、本件監査請求は「真正怠る事実」に係るものであり、法二四二条二項について判断した昭和六二年判例の判旨がそのまま妥当する事案ではないというべきである。

(四) また、昭和六二年判例の事案は、当該行為が違法、無効であるとされ、これに基づく実体法上の請求権の発生が認められて初めて怠る事実の有無ないしその違法の有無が問題となるもの、すなわち、監査請求に係る実体法上の請求権の管理について怠る事実が存在するかどうか判断するに当たって、その前提問題として論理必然的に、右実体法上の請求権の発生原因となっている当該行為の違法の有無ないし法的効力の有無について判断しなければならない場合である。そして、このような場合については、昭和六二年判例が指摘するように、当該行為そのものについての監査請求については期間制限により不適法となる以上、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という構成でなされる監査請求についても、期間制限により不適法としなければ、同条項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるので、監査請求の期間制限に服させることにしたものと解される。すなわち、「怠る事実」に係る監査請求が「不真正怠る事実」のそれであるというためには、これと裏腹の関係において「違法な財務会計上の積極的行為」に係る監査請求が論理的に可能でなければならない。

右のような同条項の趣旨及び同条項について判断した昭和六二年判例の判旨の内容からすると、監査請求が怠る事実に関してなされている場合においては、地方公共団体における財務上の損害の填補ないし回復の公正な実現という見地から、例外的に、既に期間制限によってそれに対する監査請求ができなくなっている当該行為について、結果として、蒸し返し的に、その効力を争ったり、その行為をした財務会計職員の責任を追及するような場合に限って、同条項に定める期間制限を受けることになるというべきである。

(五) これを本件についてみるに、本件監査請求は、実体法上の請求権の行使を怠る事実についてなされているものであるが、前記のとおり、その監査請求の趣旨からすれば、本件監査請求に係る右実体法上の請求権は、組合の財務会計職員の違法、無効な財務会計上の積極的行為をその発生原因とはしておらず、したがって、右実体法上の請求権の管理を怠る事実が存在するかどうかの判断に当たって、その前提問題として論理必然的に、右実体法上の請求権の発生原因となっている当該行為の違法ないし法的効力の有無について判断しなければならないという関係は全く存在しないのであり、当該行為の違法の有無ないし法的効力の有無とは無関係に、右実体法上の請求権の有無並びにその不行使の有無及び違法性ついて判断することが求められているのである。

そうすると、本件監査請求については、既に期間制限によってそれに対する監査請求ができなくなった財務会計上の積極的行為について、結果として、蒸し返し的に、その効力を争ったり、その行為をした職員の責任を追及することになるというような弊害が生じる可能性があるとはいえないのであるから、例外的に期間制限に服させる理由もなく、したがって、本件監査請求については、同条項の適用はなく、監査請求期間の制限を受けないというべきである。

したがって、本件について、法二四二条二項の適用があるとする原判決の解釈は誤りである。

2  監査請求期間の起算点を本件工事代金支払が完了した日とする根拠

本件における損害は、被控訴人Aの情報漏洩及び請負業者の談合行為により引き上げられた実際の契約金額と、情報漏洩、談合がなかった場合に想定される契約金額との差額であるから、本件組合の被控訴人らに対する損害賠償請求権は、本件工事契約の締結日ではなく、本件工事契約によって定められた代金の支払がすべて完了したときに初めて行使し得る状態になるものである。

原判決は、監査請求期間の起算点を契約締結日と解することが、法的安定性の見地からなるべく早期に当該行為を確定させようとする法二四二条二項の趣旨に合致すると述べるが、地方財務行政における腐敗の防止あるいはその適正の確保という立法目的よりも、これを不問に付すことによる「法的安定性の確保」を重いとする考え方は、本末転倒である。

最高裁平成九年一月二八日判決(以下「平成九年判例」という。が、昭和六二年判例中の「財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきである」という文言が、不当に一般化されることを戒め、「財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権」の不行使をとがめる監査請求といえども、住民監査請求期間は、実体法上の請求権が発生し、かつ、「行使できることになった日」から起算されるとしたのは、監査請求制度の本旨に照らし、当然のことである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人らの本件訴えは、いずれも適法な監査請求を経ていない不適法なものとして却下すべきであると判断するものであり、その理由は、二のとおり控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第三「当裁判所の判断」の一ないし三(原判決二一頁七行目から三一頁末行まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。

二  控訴人らの当審における主張に対する判断

1  「不真正怠る事実」の要件に関する解釈について

(一) 控訴人らは、法二四二条一項がいう財務会計上の行為の違法・不当性とは、当該職員の地方公共団体に対する義務違反としての違法・不当性にほかならない旨主張する。

しかし、住民監査請求制度が個々の会計職員の責任を追及することを目的とするものではなく、地方公共団体の財政の適正を確保し、ひいては、住民全体の利益を擁護するためのものであることからすれば、法二四二条一項にいう財務会計上の行為の違法は、当該財務会計上の行為を行う職員の故意、過失等主観的要素に左右されることなく客観的に判断されるべきであり、支出負担行為又は支出行為(法二三二条の三、四)が、目的を達成するため必要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」(法二三二条一項、二条一四項、地方財政法四条一項)を超える場合は、これを客観的違法と認めるのが相当であり、この理は、右支出負担行為又は支出行為を行う職員等が右事実を認識しなかったり、認識していないことに過失がなかったとしても異なるところはないというべきである。

(二) また、控訴人らは、本件監査請求は、組合において違法に財産の管理を怠る事実があるとして監査請求されたものではあるが、組合管理者その他の財務会計職員の特定の財務会計上の積極的行為を違法であるとして、その当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体上の請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実としているものではない旨主張する。

しかし、昭和六二年判例は、「監査委員は、監査請求の対象とされた行為又は怠る事実につき違法、不当事由が存するか否かを監査するに当たり、住民が主張する事由以外の点にわたって監査することができないとされているものではなく、住民の主張する違法、不当事由や提出された証拠資料が異なることによって監査請求が別個のものになるものではない。」としている。すなわち、住民の監査請求に基づいてされる監査の内容は、住民が「財務会計上の行為」の違法を明示するか否かにかかわらないところであり、請求人の主張の相違によって監査請求の対象が左右されると解する立場を採ることはできない。

なお、控訴人らは、本件監査請求において、「同組合管理者は職務権限上、不正な行為を防止する義務があったはずであり、また、上記違法な公金支出命令をなした責任は免れない。」と指摘しており、職務義務違反を前提とする本件財務会計上の行為の違法を問題にしていたことは明らかであり、この点からも控訴人らの主張は理由がない。

(三) さらに、控訴人らは、「怠る事実」に係る監査請求が「不真正怠る事実」のそれであるというためには、監査請求に係る実体法上の請求権の管理について怠る事実が存在するかどうか判断するに当たって、その前提問題として論理必然的に、右実体法上の請求権の発生原因となっている当該行為の違法の有無ないし法的効力の有無について判断しなければならない場合、すなわち、これと裏腹の関係において「違法な財務会計上の積極的行為」に係る監査請求が論理的に可能でなければならない旨主張する。

しかし、前記(原判決の説示)のとおり、本件においては、入札妨害及び談合という違法な行為によって不正な入札価格が形成され、このような談合の影響の下で本件組合の財務会計上の行為である本件工事契約が締結されたとし、その結果、本件組合が本件差額に相当する代金の支払義務を負い、これに相当する損害賠償請求権を取得したというのであるから、同請求権の行使を怠るというためには、本件組合の支出負担行為、すなわち本件工事契約の締結による財務会計上の行為の違法の判断が不可欠であるというべきである。

昭和六二年判例が「表裏の関係にある」とか「裏腹の関係にある」ことを要件として掲げているわけではない点はさておくとしても、右に説示したところによれば、本件組合の違法な財務会計上の行為が具体的な損害賠償請求権発生の不可欠の前提となっているということができ、その意味では表裏の関係にあるものということができる。

そうすると、本件監査請求においてその不行使が財産管理を怠る事実に当たるとされる損害賠償請求は、右違法な支出の原因たる支出負担行為及び支出行為により本件組合が被った損害を填補するために行使することが必要とされる請求権であり、右財務会計上の行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるというべきである。

このように、本件組合が右損害を受けたというためには、本件差額に相当する費用の支払義務を負担し、これを支出する財務会計上の行為があることが不可欠の前提であるところ、前記のとおり、右支出が、本件工事の目的を達成するため必要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」を超える場合は、これを客観的違法と認めるのが相当であるから、住民は、右支出についての支出負担行為又は支出行為の予防是正を求めて住民監査請求を行うことができるというべきであり、本件監査請求は、右違法な財務会計上の行為をもその対象としているものというべきである。

(四) したがって、控訴人らが、本件監査請求において、右財務会計上の行為の違法を主張して右違法な行為により本件組合の受けた損害の填補のため必要な措置の勧告を請求するという構成によらず、被控訴人Aらの共同不法行為により本件組合の受けた損害を填補するための損害賠償請求権の行使を怠ったことについて必要な措置の勧告を請求するという構成を採ったとしても、本件監査請求について、法二四二条二項が適用され、その監査請求期間は、右財務会計上の行為を基準として判断されるべきである。よって、控訴人の主張は理由がない。

2  監査請求期間の起算点について

(一) 控訴人らは、平成九年判例の趣旨は、住民監査請求期間は、実体法上の請求権が発生し、かつ、地方公共団体自身が現実に損害賠償請求が可能となったときから起算するとするものであり、本件にもこの理を適用すべきであり、本件工事の代金の支払を完了した日から起算すべきである旨主張する。

しかし、地方自治法二四二条二項本文は、財務会計上の行為について住民の知、不知にかかわらず、財務会計上の行為の時点から一年以内に監査請求期間を制限することにより、地方財政の健全化と財務会計上の行為の法的安定性との調和を図っているのであるから、右趣旨に照らせば、監査請求期間の起算点は、地方公共団体の財務会計担当者の主観的事情に左右されず、客観的に定められるべきである。

(二) これを本件についてみるに、前記(原判決の説示)のとおり、本件組合が入札妨害又は談合を行った者に対して取得する損害賠償請求権が本件工事契約締結という財務会計上の行為の違法に基づいて発生する実体法上の請求権であり、これを行使することは法律上可能であるから、右契約締結時点からこれを監査請求の対象となし得たものであり、監査請求の起算点は右契約締結の日であると解される。

控訴人らは、要するに、監査請求を行うことの事実上の困難さを理由に本件工事代金の支払を完了した日から起算すべきであると主張しているものと解されるが、前記のとおり、監査請求期間の起算点は客観的に定められるべきであり、事実上の困難さがあることは監査請求期間の起算をするのに何らの妨げとならないものと解されるから、代金の支払完了時を起算点とすべき根拠は見当たらない。そして、このように解しても、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」の有無の判断によって具体的妥当性を図ることが可能であるから、住民の権利行使を不当に制限するものではない。

(三) なお、平成九年判例の前提となる事案は、単に事実の知、不知というような主観的な事情により請求権の行使に事実上の障害があるにとどまる本件とは事案を異にするものと解される。

よって、控訴人の主張は理由がない。

第四結論

以上の次第で、控訴人らの本件訴えをいずれも却下した原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 芝田俊文 裁判官 橋本昌純)

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